少し躊躇いながら部屋に足を踏み入れてみれば、箱という箱が無造作に部屋中を散らばっていた
これがもし全て自分宛だったとしたら、床を転がる勢いで喜んで次から次へと箱の開封に必死になるだろう…
なんて有り得ないことを考えながら奥に進んで行く
そこには、この大量の箱を受け取った本日の主役といえる人がいるのだが
当の本人は可愛くないことに嬉しそうな顔一つせずに退屈そうに書類に判を押し続けていた
「良かったですね」
「…そう見えるか?」
明らかに不機嫌オーラ満載の声に思わず苦笑すれば、キリが良かったのか飽きたのか書類を机の端に退けて溜息を吐いた
書類の山を見る限り後者だろうけどそのことには触れずに、お疲れ様の一言とコーヒーを差し出す
それを無言で受け取って一気に飲み干せば、また無言でカップを突き返される
「何の用だ?」
「そこは悟ってください」
「検討もつかねーな」
私が此処に来た意味を存分に理解している上で、この台詞だ
さすが我等のボスというべきか、愛しい恋人というべきか
「ベスターに渡すものが…」
「御託はいいからさっさと寄越せ」
貰ってやると言わんばかりの態度に思わず手元の箱を投げてやろうかと思ったが
そこを何とか堪えてボスが足を乗せている机の前まで進む
無言で訴え掛けてくるボスの目を直視出来ずにいると不意に腕を掴まれて強制的に視線が交わる
その赤い目に自分しか映っていない一瞬が、短い筈なのに、何故かとても長く感じた
「…お誕生日おめでとうございます」
「嫌味じゃねーだろうな?」
ボスが自分の誕生日を喜んでいるとは到底思えなかったけど
それでも、プレゼントを受け取ってくれた事実が嬉しくて思わず苦笑してみれば見事に鼻で笑われた
抗議しようと構えた次の瞬間、私のそんな気持ちは呆気なく消え失せてしまった
「…」
「へ?」
突然、名前を呼ばれて思わず声が裏返る
それに気付いたのか気付いてないのか、何も言うことなくボスは話を続ける
「これ、テメェが選んだのか?」
「え、そりゃ…まあ…」
「…悪くねえな」
先程見せた小馬鹿にしたような笑いじゃなくて、純粋に嬉しそうに笑っている…と思われるボスの顔に思わず見惚れて何も返せずにいると
ボスは少しバツが悪そうな顔をしてこちらから視線を逸らした
いつもなら写真でも撮ってネタにするところだけど…今日は誕生日ということで機嫌を損ねたくないし
何より、私自身にそんなことを考える余裕なんて微塵も無かった
「用事はそれだけか?」
「あ、え、えっと、ケーキ作った…ました!」
不意打ちとも言える問い掛けに思わず挙動不審になりながら返事をする
事実、さっきまでルッスーリアと一緒にボスの誕生日ケーキに悪戦苦闘していたので、嘘じゃない
誕生日にも関わらず突然大量の書類処理という任務が舞い込んできたようで、邪魔しない為にも部屋には立ち入らないようにしていたから
「食えるのか?」
「失礼な!ルッス監修だから味は保障するよ!」
「どうだか…」
机に投げ出した足を下ろして気怠そうに立ち上がったボスが私の隣まで来て大きく伸びをする
どうやら休憩というより、ケーキを利用してこのまま仕事をサボるつもりらしい
まあ、誕生日だし今日くらいは大目に見てあげようと決めて、部屋の外に向かうボスの後ろを追い掛ける
「ボス…伸びとかしちゃって早速老けたような気が…」
「…お望みとあれば好きな死に方を選ばせてやる」
冗談だと笑い飛ばして先に部屋から脱出しようと試みれば、当然ボスも後を付いてくるわけで
ドアに手を掛けようとした瞬間、大きな手で頭をがっちりと掴まれて盛大に撫で回される
抵抗して手を退けた頃には、良い感じに纏まっていた筈の髪が見るも無残なことになっていた
「今日は寝癖上手く隠せたのに!」
「発言には気を付けるんだな」
私の髪型を嘲笑いながら先に部屋を出て行こうとするボスのコートを盛大に引っ張ってみれば
油断していたのか、少しだけ後ろに仰け反ったと思ったら、舌打ちと共に盛大に睨み付けられた
乾いた笑いを浮かべながら数回咳払いをして改めてボスを見上げれば私の雰囲気が変わったことに気付いたのか
聞いてやると言わんばかりの腕組みで盛大に見下ろされた
「ボス!」
「…何だ?」
「Buon Compleanno!」
「…そうかよ」
意地悪く笑ったボスの耳が少しだけ赤いような気がしたのは
それは多分、窓から見える夕日仕業だったのかもしれない