「…早く寝ろって…。」
「…ごめんなさ…」
先程から繰り返される謝罪の言葉を遮って布団を被せる。
少し抵抗するような素振りがあったけど、それを無視してベッドに押し込んだら、抵抗を諦めたのか大人しくなった。
あの人がたまには…と言って使用人を全員連れ出してくれて、久々に二人きりでゆっくり出来ると思ったらこれだ…。
目の前で顔を赤くしているは見事すぎるタイミングで体調を崩したらしい。
前日から今日のプランとやらを念入りに考えていたは夜遅くまで起きていたようで、おやすみの後も部屋の電気が消えないことに不安を覚えていたら案の定。
勿論、外出の予定も中止だし何より部屋から…それ以前にベッドから出ることを禁止した。
まあ、予想通り大丈夫とか心配しすぎなんて抗議する声が聞こえたけど、無理をして明日ベッドの中で1日中あの人の説教を聞くことになると溜息を吐きながら言ってみれば苦笑を浮かべながらベッドに潜り込んだ。
「…まだ熱いな。」
「でも、少しは楽になったわ。ジャックのおかげね。」
額に手を押し当てると、先程より少しだけ熱が引いているような気がした。
それでも油断は出来ないし、何より無理をさせるわけにはいかないので眠るように促してみたけど、唇を尖らせて拗ねたような顔をする。
「……変な顔。」
「変な…!失礼ね!家の当主に向かって…」
「…申し訳ありませんでした。」
いつもの様に謝罪してみれば冗談よ、と言いながらクスクス笑う。
してやられたと思ったときには、もう既にのペース飲まれていて、一瞬でもそれが可愛いと思ってしまった自分が悔しくて、そんな気持ちと一緒に先程よりも深く溜息を吐いた。
そんなオレの様子に不安を覚えたのか、心配そうな顔で顔を覗き込んできたので思わず目を逸らす。
「ジャック…怒ってる?」
「別に…怒ってない…。」
「じゃあ、何で目を合わせてくれないの?」
そんなこと言えるわけないだろ…と心の中で呟いて頭を撫でれば、明らかに納得していない様子だった。
でも、はオレがこれ以上言わないことを分かっているから、何も言わないで心地良さそうに目を閉じる。
少し罪悪感はあったけど、こんなこと今更言えるわけないし…。
「何か…食えるか?」
「…お水」
「別にいいけど…それ、食べ物じゃないだろ…。」
未だに煩い心臓の音から意識を逸らそうと水を持ってくるために立ち上がろうとすれば、背中に僅かな重みを感じて後ろを振り返る。
予想はしていたけど、振り返ったら思ったよりも近い距離にの顔があって、また心臓の音が煩くなった。
「…何処に行くの?」
「…水を取りに行くんだよ。」
「すぐ戻ってきてくれる?」
頼んだ張本人がこの調子だから厄介だ。
思わず苦笑しながら頷いてみれば、安心したのか手を離して再び寝る体勢に戻った。
それを確認して、部屋を出てキッチンに向かう。
すぐ戻ると言ってしまった手前、待たせるわけにもいかないので急いで水を用意して部屋に戻る。
ノックをしてドアを開ければ、待ってましたと言わんばかりにベッドから身を乗り出して満面の笑みを浮かべるが居た。
とりあえず落ち着かせる為に、用意してきた水をグラスに注ぐ。
「ほら…これ飲んで早く寝ろ…。」
「ありがとう。」
グラスを受け取って水を一気に飲み干したは、少し落ち着いたみたいで、オレが言うより先にベッドに潜り込んだ。
少し汗が滲んでいる額に水と一緒に用意した額に押し当てると心地良さそうに目を閉じる。
「嫌じゃ…ないのか…」
「え?」
ぽつりと呟いたオレの言葉に間の抜けた声で返事をする。
此処まで言って何でも無いとは言えないので、先刻から気になっていたことを素直に口にすることにした。
「オレ…看病とか…したことないし…それに…」
「それに?」
「あの人みたいに…上手く…出来ないし…」
自分でも情けなくなって思わず俯けば、不意に手を握られた。
驚いて顔を上げてみるとオレの手を握って嬉しそうな顔をするの顔があって、また心臓が煩くなる。
「私は嬉しいわ。だって、ジャックが看病してくれたのは私だけでしょ?」
「そうだけど…。それが…嬉しいのか?」
意味が分からなくて首を傾げてみれば、また嬉しそうに笑う。
何がそんなに嬉しいのか分からないけど、の笑った顔は今まで幾度となく向けられてきた嘲笑うようなそれとは全然違って、寧ろ心地良い。
まさかこんな風に誰かに微笑んでもらえる日が来るなんて…思わなかったけど。
「ジャックの特別になれたみたいで嬉しいわ。」
「…今更、何言って…」
「え?」
「なっ…!な、何でもない!」
聞こえなかったことに少し安心したけど、やっぱり悔しいような気もして未だに不思議そうな顔をしているに布団を乱暴に被せて今度こそ眠るように促す。
「…寝ろ。」
「…まだ眠れないかも。」
「仕方ないな…。」
悪戯っぽく笑うの額に置かれたタオルをずらして軽く口付けてみれば、状況が飲み込めないのか口を開けて茫然としていた。
その顔が面白くて軽く吹き出すと、我に返ったのか頬を少し赤らめて今日一番と思われるくらいの笑顔をこちらに向けてきた。
気恥ずかしくなって顔を背けてみれば、それを悟ったのか布団に潜り込んでオレの名前を呼ぶ。
何度も何度も名前を呼ぶから適当に返事をして、背けていた顔をそちらに向ければ、また嬉しそうに微笑まれた。
「…ありがとう。」
「…よ、よく寝れる…お、おまじないだ…」
「今夜はぐっすり眠れそうだわ。」
「…おやすみ。」
「おやすみなさい。」
そう言って目を閉じた数分後に、静かな寝息が聞こえてきて思わず胸を撫で下ろす。
相変わらず握っていた手は離れなかったけど、少し眠っている間に離れるだろうと思って同じく目を閉じる。
心地良い疲れと静かな寝息を聞きながら、と同じように数分後には意識を手放していた。
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「…私は二人で仲良く風邪をひきなさいと言った覚えはありませんが…?」
「ごめんなさい…」
「……ごめんなさい」
結局、朝までそのまま眠ってしまったジャックが風邪を拗らせての泣きそうな謝罪と、ペンデルトンの説教が屋敷に響き渡ったのは言うまでもない。